哲学・法学的に「そもそも」を考えるブログ。since 2011・3・22。

2022年7月20日、ライブドアブログより、移行してきました。

テレビはなぜ衰退したと言われるのか―YouTube等との戦いの中で―

問題提起

皆さんは、こうした話を聞かないだろうか。

「テレビの時代は終わった」
「これからはYouTubeの時代だ」
「若い人は、誰もテレビなんて見ない」
「テレビはつまらなくなって、YouTube等の方が面白い」
「将来は、ユーチューバーになりたい」等々

今や、テレビを席巻しようとしているYouTube等のネット動画。
これは、多くの方にとって、周知のことであろう。

しかし、思うに、なぜ、テレビからネット動画(YouTube等)への移行がここまで早く進できたのか。

ともすると「YouTubeの方がテレビより面白いから」等というかも知れない。しかし、私は、全然そう思っていない。

なぜなら、テレビもYouTubeも、人が作っているものであるし、大抵、テレビの方がYouTubeよりも制作にお金がかかっている。さらには、テレビの方が多くの人の手やアイデアが入る。コンプライアンスで規制がある等と騒いでも、そんなのは極わずかでしかない。つまり、テレビで流していないものをYouTubeが流しているかと言えば、そういうものは極わずかでしかないのである。

では、テレビ離れは、何が原因なのか。

 

テレビ離れの理由ー携帯で見れる動画・ゲームと、見れないテレビー

第一に、私は、携帯のワンセグ(テレビ)にあると思う。
多くの人は、1日の大半を外で過ごす。その中で、皆が持っている物と言えば、携帯電話だ。
しかし、困ったことにその携帯で、ワンセグ(テレビ)が中々見られないのである。
まず、ワンセグのある携帯が少ない。そして、電波が悪すぎるということである。

そもそも、テレビは、アナログからデジタルになったのを皮切りに、うつるか、うつらないかの2択になり、それまで、ザラザラだけど何とかなるかなというような、真ん中の選択肢がなくなってしまった。私は、これがデジタルの最大の欠陥の一つであると思っているが、電波が少しでも悪くなると、映像は止まり、そこから、ムズムズするくらい腹立たしい時間が過ぎ去っていくのである。だから、ほとんどの人は、携帯でテレビを見るという選択肢がなくなった。これが、テレビの衰退の主たる原因であると思う。

そうした中、例えば、YouTubeであれば、動くのである。電波の良い所でカーソル?が先に進み、いわば充電のような感じで、先へ行く。そして、例え電波がなくなっても、そのカーソルの所までは、動くのである。なので、YouTubeであれば、ワンセグのような、電波によるムカムカ感が遥かに少ないのである。

そして、同じく携帯ゲーム・アプリにも同じことが言える。これも、ワンセグよりも圧倒的に電波が入る。それに、基本はただである(課金はあっても任意が多い)。だから、ああいう私からすれば、単なる時間つぶしでしかないようなものに、のめり込むのだろう。スキマ時間が多い中で、読書や新聞という目も疲れるし、重いし、勉強嫌いだよ、という人に、スッポリ大いにハマったのである。

よって、私が、もしテレビが復権するならと考えるならば、ワンセグをしっかり簡単に電波よく見られるようにすること。そうすれば、テレビもとても簡単に復権すると思う。YouTubeや携帯アプリゲームにこれだけ早く流れたのだから、再度、よりを戻すことも、簡単に出来るはずだ。しかし、そのためには、携帯電話会社がやろうとしない、テレビの電波を至るところで繋がるようにするような、仕組みが必要だ。それには、お金がかかる。ここで、どうだろう、NHKさん、潤沢に内部留保しているお金で、再度、テレビを復権させてみては???

 

テレビ離れの理由ー自主規制のない動画と、自主規制のあるテレビー

「昭和のテレビ」という言葉がある。過去には、法的な規制や自主規制がないものだから、何でもありの状況を表したものに使われることがある。

 

その中では、バラエティーはおろか、報道も、今と異なる。進化と言えば進化だが、そこには、自主規制等でかんじがらめにあっている状況もある。かつてあった命懸けの取材・ギリギリの状況での取材というものは、今やほとんど姿を消した。安全な場所で安全にレポートする形になった。「命を張ったリポート」が声高に評価されるのは、今やパワハラというような懸念からであろうか。しかし、それを失った現在は、現場からのレポートが室内かつヘルメットとなったり、それは、現場の意味がなくなっている。むしろ、それなら現場レポートではなく、スタジオにいても変わらないのである。

 

一方、YouTubeは自主規制がほぼないため、ユーチューバー自身が自由に動くことが出来る。なので、とても素晴らしいものもあれば、中には、自分勝手に動き過ぎてしまい、過激な動画で、法令に違反し逮捕された者までいる。

 

よって、何でも自由なYouTubeとテレビ等の報道では、はっきりと違いが鮮明になってきている。YouTubeへの規制はほぼないが、テレビには、年々コンプライアンス強化という名の自主規制が進んでいると言える。見る側からすれば、どちらが面白いか、どちらが迫力があるかは、一目瞭然となるのである。