哲学・法学的に「そもそも」を考えるブログ。since 2011・3・22。

2022年7月20日、ライブドアブログより、移行してきました。

なぜ人を殺してはいけないのか、についての考察2

法的(法哲学的)な一説明
 
 法律を追求すると、法の支配にいきあたります。これは、すべてが法の下にあり、法によってのみ拘束され、絶対に人の支配になってはならないというものです。そして、その法は、人権を害するものであってはならないわけです。よって、その点で形式的な法による悪法等、人権を侵害する行政的な法、行政による法律とは区別されます。これが法の支配というものです。
 
 では、なぜ人権を害する法であってはならないのでしょうか。その理由は以下です。

 我々個人、一人一人は弱い人間です。弱肉強食の世界では、トマス・ホッブズの言う「万人の万人に対する闘争」状態になったり、一人一人が常に危害からの危険や不安を抱えて生きていくことになります。
 このような状態では、我々は損であり、かつ苦痛なわけです。なんでもありの闘争状態の殺人では、強いものが勝つということもないです。寝ている隙とか、飛び道具とかがあります。
 このような状態に対して、我々一人一人が安心して生活できるように、人権を害するものを排除しようとして、法というものを設けて、犯したものを罰しようとしたわけです。
 つまり、殺し合いの中・殺人の正当化の中では、社会の秩序が保てない、我々が損している、しなくてもいい心配を抱えることになる、ということです。その上での法律の発明であり、殺人罪の規定なのです。